オーサワの車麩

豊かな食感を生み出すのは

小麦の恵みと伝統の〝手巻き〟

伝統を繋ぐために、

守ること、変えていくこと

季節ごとの温度や湿度に応じ、

原料の配合などを微調整

その日の生地の状態を見極めて、

火力を調整します。

江戸時代の車麩づくりの絵が描かれた、マルヨネの包装紙

特集

車 麩

町時代初期に中国との勘合貿易にともない、僧侶によってもたらされた「麩」。
当時は貴重なたんぱく源として宮中や僧堂でのみ食されていましたが、時代とともに、庶民の食文化を支える食材の一つになりました。

大きく分けると「生麩」と「焼き麩」があり、さらに地域ごとに、多彩な麩が発展しています。

そのなかで「車麩」は東北と北陸で盛んになったもの。小麦を洗ってできたグルテンと小麦粉を練って、生地をつくる。棒に巻き、直火で焼き上げる。

そんな工程が、昔から繰り返されてきました。

特に新潟では、何度も輪を重ねる「3 回巻き」「4 回巻き」といった巻き方が主流です。

今もなお、伝統製法の「手巻き」でつくられています。

文/編集部

撮影/坂井竜治

オーサワの車麩
豊かな食感を生み出すのは 小麦の恵みと 伝統の“ 手巻き”
美しい螺旋状に巻いていくその高度な技術は、圧巻。

つくり手の現場から

ー オーサワの車麩


長年支持される老舗「マルヨネ」


車麩の製造が盛んな新潟で

「うちの車麩の食感は、手巻きだからこそのもの。純度の高いグルテンと全粒粉からなる生地を手際よく巻きつけ、グルテン自体が持つ膨張力だけで膨らませ、焼き上げる。経験を重ねた職人の仕事です」

 そう話すのは株式会社マルヨネの社長、田代徳太郎さん。2024年で創業150周年を迎える同社は、長きにわたって「オーサワの車麩」の製造を手がけています。

 新潟の車麩は、江戸時代後期に北前船により加工技術がもたらされ製造がはじまったそうです。マルヨネの包装紙に使われる江戸時代の絵にも、車麩づくりの様子が描かれています。当時は小麦が希少だったため特別な時に食されており、冬場の貴重なたんぱく源として重宝されていました。そして、精進料理の食材や行事の際に振る舞われる煮しめとして広がり、庶民の家庭料理としてだんだんと地域の味になっていきました。

 マルヨネのある三条市は、日本一の車麩の生産量を誇ります。マルヨネは、その地において明治7年以来の長きにわたり車麩の味を守ってきた老舗中の老舗です。最大の特徴といえるのは生地を棒に巻く回数。「3回巻き」や「4回巻き」は北陸・東北で独自に発展したかたちです。 

「車麩は金沢や沖縄などでもつくられていますが、つくり方や巻く回数には差があります。きっと、土地ごとの環境や住民の好みから自然と変化が生まれたのでしょう。何重にも巻いて焼き目が多い方が食感は強くなります」

 今回は、そんな「手巻き」の車麩の現場をご紹介します。

キツネ色に焼かれた太い生地の上に、3回目の生地を巻く。
江戸時代の車麩づくりの絵が描かれた、マルヨネの包装紙


繰返す〝こね〞と〝巻き〞


熱気に包まれた工場で

 マルヨネ本社があるのは、信濃川の支流沿い。工場へと一歩足を踏み入れると、焼きたてのパンのような芳醇な香りが広がります。誘われるように奥へ進むと、熱気に包まれた製造現場。年中汗ばむこの空間は、冬でも35℃くらいだそう。夏にはゆうに40℃を超えることも。その熱を物ともせず、真っ白な作業着を身につけた職人さんたちが立ち回っています。生地をつくって棒に巻きつけ、焼く。その上にさらに生地を巻きつけて、焼く。巻いては焼く作業を3回繰り返し、太く美しい車麩を焼き上げています。さあ、その工程を順を追って見ていきましょう。

 まずは、生地づくりから。使用するのは、小麦を何度も水洗いし、純度を高めた特注のグルテン。このグルテンに国産の全粒粉を加え、水とともに専用の機械に入れて生地をつくります。膨張剤や添加物は一切使用しません。その生地づくりの工程は、原料を混ぜ合わせる〝大ごね〞と、弾力のある生地へと練り上げていく〝小ごね〞の2つの段階に分けて行います。

「その時々の気温や湿度、原料の状態を見極めて、水加減や原料の配合を微調整しているんですよ」と工程を解説くださるのは、広報担当の神田さん。

 職人は、こねた生地の形を丸く整えながら空気を抜き、甕かめへと運んでいきます。「丸めた生地を、甕の中で寝かせます。大きな気泡が残ると焼くときに割れる原因になるので、入念に空気を抜くのです」(神田さん)

 これが、おいしく美しい車麩の第一歩。甕で生地を休ませることでグルテンが安定し、その膨張力だけで膨らむ生地になっていきます。

 生地を引き上げたら、いよいよ〝巻き〞です。円形に整えた生地を一巻き分の分量になるようにぴったりと切り分けた後、生地を潰してしっかりと空気を抜き、2メートルほどの金属の棒に巻きつけていきます。職人は、片手で棒をリズミカルに回転させながら、もう一方の手で

生地を均一に伸ばし、薄く幅広く巻きつけていきます。緻密で鮮やかな所作は、まさに職人芸。1回目は「下巻き」と呼ばれます。

「薄くしすぎると焼いている最中に剥がれたりしますし、厚すぎても2回目を巻く時にデコボコして巻きづらいので、加減がいるんです。『オーサワの車麩』に使っているグルテンは弾力も反発力も強くて、伸ばすにはかなり力が必要です」(神田さん)

季節ごとの温度や湿度に応じ、原料の配合などを微調整しながら生地をこね、水を張った甕でしばらく休ませます。休ませ過ぎるとグルテンの弾力が弱ってしまうので、時間の管理が肝心です。

つくりだす、奥深い食感


シンプルな材料が

 続いて〝焼き〞です。巻き上がった生地を、次々と専用のガス窯にいれ、120℃程の直火の中で回転する生地を確認しながら、火力を調整していきます。

 ここからお話をうかがうのが、職人歴20年以上の佐藤さん。作業の合間をぬって、車麩づくりの難しさを話してくださいました。

「焼くのは、1巻きごとに35分ほど。生地の膨れ具合を見ながら、火加減を調整します。グルテンは夏の高温多湿な気候では柔らかく、冬は硬いもの。季節や天候によって膨らみ具合も違っていきます」

 焼き上がったら、2度目の〝巻き〞の工程へ。焼きたての生地を素手で掴むのは「熱いですが、慣れですね」と笑顔の佐藤さん。太くなった棒に、下巻きの2倍ほどの量の生地を巻きつけていきます。2回巻き、3回巻き用の生地は、下巻きよりもグルテンの配合量も多く、さらに弾力も反発力も増します。

「棒も太く、重くなっていくので、巻く回数を追うごとにより技術が必要になっていきます。リズムを保って美しい螺旋状に、力を入れて伸ばしながらもフワッと巻く。そうすると膨らみやすくなる。巻きで3〜4年、全てを習得するには10年はかかります」(佐藤さん)

 車麩づくりで常に頼りになるのは「手の感覚」だと、佐藤さんは言います。生地をこね、硬すぎず、柔らかすぎない状態を感じとる。繊細な力加減で、均一に伸ばし、美しく巻く。この手の感覚が、車麩のおいしさをつくり上げていきます。オーサワがこだわる全粒粉は、普通の小麦に比べて粒子が粗く、扱うのが非常に難しい。職人たちはそんな全粒粉に鍛えられ、技術を磨き続けています。

 3度目の〝巻き〞を終えて、最後の〝焼き〞へ。じっくり45分ほどかけて、キツネ色に焼き上げます。

「1巻き目は、膨れ具合を入念に見る。2巻き目、3巻き目では焼き具合を見る。火が強すぎると穴だらけになるし、弱すぎるとあまり膨れません」(佐藤さん)

 3回かけて生地を膨らませ、表面にきれいな焼き色をつけながら〝焼き〞を重ねることが、3回巻き特有のしっかりした食感を生み出しているのです。車麩の断面の年輪模様は美しく、職人の丹念な技が伝わってきます。

ガス窯では1日に約400本の生地を焼きます。「その日の生地の状態を見極めて、火力を調整します。
職人同士で話しあいながら連携をとって、焼き方を変えたりグルテンの量を増やしたり」と佐藤さん。
焼きを終えた車麩は、専用の木箱で1日休ませます。


工程ごとの繊細な確認


仕上げに欠かせない、

 車麩が焼き上がったら〝棒抜き〞といって金属の棒を抜き、特製の木箱へ。ここで一晩寝かせ、熱で膨らんだグルテンの状態を落ち着かせます。寝かせた後の車麩は、切りやすくするために蒸し器で蒸らして〝麩切〞という切断の工程へ進みます。ここでも専門の担当者がいて、蒸し器の中に並ぶ車麩を手で触って硬さを見極め、適切な柔らかさのものを切断機で輪切りにしていきます。

 そして、約13ミリの厚さにカットされ、ようやく私たちの馴染み深い車麩の形がお目見えです。この厚さが最も食感がよく、味も染み込みやすいのだといいます。それを紐でまとめ、減圧乾燥室で十分に乾燥させます。

 丸一日かけて乾燥させたら、検品を経て、包装へ。どの工程でも厳しいチェックが重ねられます。伝統の味をお届けするために、あらゆる分野の達人たちが日夜こだわりを重ね、車麩をつくっているのです。

守ること、変えていくこと

伝統を繋ぐために、

 

時代は変われど新潟の食文化の魂である車麩。つくり手たちの試みは連綿と続いていきます。田代社長も、その歴史を紡ぐ一人です。

「私も、車麩には幼い頃から馴染みがありました。新潟では、学校給食にも車麩が出る。食堂でも定番です。海外でも需要があると言われるものの、まだ全国的にはメジャーではありません。ですが、レシピの投稿サイトでも色々な活用方法があがっていますし、みんなで楽しみ方を増やしていきたいんですよ」 

 おっしゃるように、揚げたり、焼いたり、煮込んだり……楽しみ方が尽きない車麩です。その楽しみは、この車麩のもっちりした食感と豊かなコクがあってのもの。

「いちばん最初に材料にこだわること。それが、真っ当な食品づくりです。『オーサワの車麩』には全粒粉の中でもなるべく粒子の細かいものを使う。防腐剤や添加物は一切使わないから、膨張力の高いグルテンを特注する。素材を大事にすることですね。そして、譲れないのは『職人の手巻き』。〝巻き〞の作業だけはどうしても機械化はできない。今の食感を維持するには、職人の手巻きじゃないとダメです」

 この職人技をこれからもずっと続けていくためにも、一年中35℃以上になる場所で頑張ってくれている職人たちの役に立ちたい、作業環境を今よりもっとよくしていきたい。そんな田代社長の思いが伝わってきました。

職人・佐藤健太さん

職人・佐藤健太さんも社長と同じく新潟出身。「消費者に『おいしい』と言ってもらえるのが、いちばんの喜びです」と車麩づくりへの想いを語っていただきました。

株式会社マルヨネ

田代徳太郎さん

HPはこちら

作業環境に常に配慮する田代社長。

マルヨネでは若い職人さんたちが修行を重ね確実に育っており、その歴史を若い力が継承しつつあります。

COLUMN

読者の体験レポート

つくってみました。

夕食の主役に「車麩カツ」

 

 我が家では普段「お麩」と言えば、すき焼き、寄せ鍋でいただきます。「私、肉と魚と野菜ときのこ、すべての旨味を吸い込んでますから」と言わんばかりに膨らんで、色も濃くなり、ジュワッと旨味を放出する。お麩の美味しさって、何と言ってもあの柔らかい生地と食感だと思います。
ですから今回は、車麩の柔らかい生地で本当にカツができるのだろうか、と思いながらの挑戦でした。

冷蔵庫で3時間寝かせて、たっぷり調味液を吸い込んだ車麩を、手でかるく絞ります。その時の生地の弾力が、強い。
中身がギュッと詰まっている感じです。車麩を半分に切って、大葉をのせて2枚重ねに(和風です)。パン粉には胡麻を混ぜて揚げました。
ということで、人生初の車麩カツをいただきます。

 まずはその歯応えに、家族みんなが驚きました。生地はしっかり膨らんで、超肉厚。もっちもちです。さながらお肉を思わせる食べ応え。
生地には味がしっかり浸み込んでいて、噛むほどに美味しい。「これは、しっかりカツだわ、食感すごい」と息子たち。あの柔らかい印象のお麩はどこにもいません。面白いのは、キツネ色に焼けた3重の焼き面が、口の中でよくわかること。ほどよい硬さと香ばしさが残っていて、「あ、ここが焼き目だな」と、噛むのが楽しくなります。全粒粉を使った3回巻きだからこそ、この肉厚感と歯応えが生まれるそうですね。大食い兄
弟に「食ったぁ〜!」と言わせた車麩カツ、我が家の定番になりそうです。

オーサワの車麩は、マクロビオティックの考えをもとに全粒粉を加えてつくった、植物性の高たんぱく食品です。
しっかりとした噛み応えで、消化がよく、脂質が少ないのが特徴。全粒粉は、小麦の粒をまるごと挽いて粉末にしたもので、表皮や胚芽が含まれているため通常の小麦粉よりも食物繊維とミネラルが多く、豊かな小麦の風味、コクとうまみが味わえます。
味しみがよく、煮くずれしにくいのでさまざまなアレンジが可能。煮ても揚げても楽しめる、そのもっちり食感とおいしさは、主菜でも副菜でも、存在感抜群です。

波尻尚樹さん

オーサワの車麩は、マクロビオティックの考えをもとに全粒粉を加えてつくった、植物性の高たんぱく食品です。

しっかりとした噛み応えで、消化がよく、脂質が少ないのが特徴。

全粒粉は、小麦の粒をまるごと挽いて粉末にしたもので、表皮や胚芽が含まれているため通常の小麦粉よりも食物繊維とミネラルが多く、豊かな小麦の風味、コクとうまみが味わえます。

味しみがよく、煮くずれしにくいのでさまざまなアレンジが可能。

煮ても揚げても楽しめる、そのもっちり食感とおいしさは、主菜でも副菜でも、存在感抜群です。

オーサワの車麩ができるまで

オーサワの車麩


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