オーサワの釜炒り茶
特集
釜炒り茶
神さまに見守られた土地の力と自然の恵み、人の縁でつくられる五ヶ瀬の香り豊かなお茶
仕事中に、休憩中に、食後に、おやつタイムにと、どんなシーンにも寄り添ってくれるお茶。気持ちがほっと和むだけでなく、カテキン、テアニン、ビタミンCなどの栄養素もたっぷり含まれています。
宮崎県は、全国で4番目のお茶の生産地です。なかでも標高が高く、朝晩の寒暖差が激しい熊本県との県境にある宮崎県五ヶ瀬町の山間で、有機栽培の茶葉でつくる釜炒り茶には定評があります。今回訪ねたのは「宮﨑茶房」。この地で4代続く老舗でありながら、“新しい”おいしさと価値観を追求しているパイオニアです。
文/野村美丘(photopicnic)
撮影/坂井竜治
一部写真提供/宮﨑茶房


つくり手の現場から
ー オーサワの釜炒り茶
昔ながらの釜炒り茶
天孫降臨の地でつくられる
日本神話の舞台である日向国、宮崎県高千穂。神々が宿る緑の山々に囲まれた五ヶ瀬町に「宮﨑茶房」があります。4代目の宮﨑亮さんは、全国から注目されるお茶業界のパイオニア。農学部の学生時代、開花実験など花の研究に明け暮れた経験が今の仕事に役立っていると言います。
「まずは植物を見る、ということですね。パッと見ただけではわかりませんが、植物は一秒たりとも休まずに動いている。その感覚は茶葉の栽培にも活かされています。花の香りのするお茶に興味をもったのもそうですね。お茶業界のことを知らなかったからこそ、三年番茶や花を使うお茶などにも柔軟に手を出せたんだと思います」
そう、緑茶なら緑茶だけを生産するのが業界では常識。宮﨑茶房も例にもれず代々、釜炒りの緑茶とほうじ茶のみを生産してきました。紅茶や烏龍茶など、何種類ものお茶をつくる農家が今では珍しくないのは、宮﨑社長のお茶づくりが新しい波を生み出したからともいえます。





希少なお茶づくり
自然にも人にもやさしい
宮﨑茶房が目指すのは「体にすっきり沁み入るようなお茶」づくり。
「感覚的ではありますが、心が癒されるようなお茶です」
さらに「自然にも人にもやさしいお茶づくりをしたい」とも。淹れたお茶の色やうまみの追求のために茶畑に肥料を与えすぎると、土壌も生態系も壊れてしまいます。宮﨑茶房の茶畑の木々が何十年も元気なのは(なかには樹齢百年を超える木も!)、農薬を使わない有機栽培だからです。
日本のお茶は明治以降、大量生産に適した、茶葉を蒸してつくる製法が主流になり、うまみのあるお茶が評価されてきました。
「そういうお茶づくりには、うちのような地域は寒すぎて不利な環境ともいえます。このあたりは一番茶の時季が遅く、一般的な新茶のシーズンが終わった頃に、やっとうちの茶摘みが始まるくらいですから。その代わり、標高が高く寒暖差があるので、茶葉の栄養分が増加し、さらに陽射しをたっぷり浴びた香りのたつ茶葉に育ちます。香りを活かせる釜炒り茶との相性がいいんですね」
香り高く、すっきりした味わいで、何杯でも飲める釜炒り茶。お茶の長い歴史からいうと、実はこちらのほうがスタンダードです。世界でつくられているお茶のほとんどは釜炒り茶ですが、現代の日本においては日本茶全体の生産量1%以下と、希少なお茶となっています。

変わる製造工程
仕上げるお茶の種類によって
宮﨑茶房では25を超える品種を栽培しており、茶摘みのシーズンを迎えると、150ほどもある茶畑から収穫した茶葉を工場に運びます。その日につくるお茶によって手順は変わるものの、どのお茶にとっても釜炒りは最も重要な工程。天候や品種、水分量と、その時々の茶葉の状態によって、火加減や火入れの時間を調整します。この見極めは職人の経験と感覚、腕が試されるポイント。
「青くさくても、焦げすぎてもいかん。その間のちょうどいい香りがあるんです。釜炒りの度合い、最後の仕上げで、より香りがたつ重要な工程。誰でもできる仕事ではありません」
工場の奥には、いろいろな形の揉捻(じゅうねん)機や乾燥機が。揉捻とは、茶葉に圧力を加えて揉み、茶葉の水分を均一にする工程。続いて乾燥機の熱風で徐々に乾燥させます。このときの揉み具合も、仕上がりの香りに大きく影響するそう。
「細かく砕けるほどに香りがなくなりますから、茶葉そのままの形を大事にします。機械は使うけれど、茶葉によって時間や圧力のかけ方を変えて“やさしく”つくります」
発酵させたり、焙煎させたりと、お茶の種類によって経る工程は異なりますが、同じ茶葉から三年番茶、烏龍茶、紅茶ができ上がります。




先駆的な有機栽培
ピンチをチャンスに変えた
農薬を使うことが当たり前だった時代、宮﨑茶房では1983年から農薬に頼らない栽培を始めました。
「母ちゃんの友だちが農薬事故で亡くなってしまって。それがきっかけで、きっぱり農薬をやめました」
ただし当時は農薬を一切使用しない栽培自体が珍しく、お茶の葉が病気になったり、虫にくわれて全滅したりで収穫量が減ったばかりでなく、周囲の同業者にさえ理解されない、従来の取引先に買い取ってもらえないなど、相当な苦労がありました。
そんな状況下で宮﨑社長は当時、行き先のない茶葉を活かすべく、まだおいしい国産が確立されていなかった紅茶づくりに着手。卸し先がないため自ら販路を開拓し、釜炒り茶の魅力を伝えるべく全国に出向いてイベントなどに出店。これが、人との輪が少しずつ広がるきっかけになり、オーサワジャパンとの出会いももたらしたのでした。
2001年に有機JAS制度が始まると、すぐに認証を取得。安全でおいしいお茶づくりを地道に探求したことが認められ、翌年の農林水産祭での天皇杯を皮切りに数々の受賞を重ねています。



すっかり腕のいい職人に。この年季の入った機械で、釜炒りも焙煎もできる。
宮崎県のポテンシャル
お茶生産地としての
宮﨑社長のお茶づくりに対する姿勢、そして何よりもその人柄に魅了され、宮﨑茶房には全国から同業者や有機農業を志す人、海外からも人が集まってきます。研修や季節労働など彼らの目的はいろいろですが、実験研究好きの宮﨑社長が試行錯誤してできたお茶づくりのノウハウは、誰にでもオープンにされています。
「こちらが開いた分、向こうからも情報が入ってきますから。でも、有機栽培も国産紅茶づくりも今では方々でやるようになったので、うちの特徴がなくなっちゃったんですよね」
宮﨑社長はそう言って笑います。しかし、宮﨑茶房のお茶づくりは周囲に伝播していって、五ヶ瀬は最先端のお茶づくりの実践場として注目が集まり、今や全国から視察が訪れる有名な産地になりました。
静岡県、鹿児島県、三重県のお茶の三大産地に次ぎ、宮崎県は現状4位。しかし宮崎県内にはメーカーが少なく、県で栽培された原料が他県のメーカーに運ばれ、その県のブランド茶として商品になることも少なくないそう。
ですが、宮﨑茶房が牽引者となって、宮崎県が産地ブランド化される日も、そう遠くないかもしれません。


とりわけ五ヶ瀬には九州大陸発祥の地といわれる祇園山があり、4億3千万年前からの地層が重なっています。宮﨑茶房では「この土地や茶葉の個性を活かすようなお茶づくりをしたい」と、複雑な地質や標高の高い地形に合った品種改良にも積極的に取り組んでいます。多品種を栽培することで、気候や害虫による被害やリスクの回避、収穫時期の分散化を図るといった工夫も。また、品種によって釜炒りするタイミングや時間を変えるだけで、ひときわおいしくなるなど「個性の伸ばし方次第で、それぞれのお茶の輝きがぐんと増す。人間と同じですよね」と宮﨑社長。加えて、他の農家から託された耕作放棄地を引き継ぐなど、五ヶ瀬地区の茶業のリーダー的存在としても活躍しています。
神さまが宿るといわれる五ヶ瀬の土地と、自然の恵み、宮﨑社長の温かい人柄と人との縁がつながって、循環していく。宮﨑茶房は今後も日本のお茶に"古くて新しい"花を咲かせ続けるに違いありません。



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宮﨑 亮さん


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